
心配事
2026年10月12日 12:56
私って心配性かもって思ったことは誰にでもあると思います。
この心配事を突き詰めていくと3つに分類されると思います。
・未来の心配
・鍵のかけ忘れの心配
・自分以外への心配
未来の心配は、重い病気になったらどうしよう。とか生活できなくなったらどうしよう。とか呪いや祟りにあったらどうしようとか、絶対にわからない未来についての心配は大なり小なり皆様抱えていると思います。
鍵のかけ忘れの心配。家の鍵をかけたかしら、ガスは切ってきたかしら。部屋に入られたらどうしよう。私の母方の実家は、石川県の能登という静かな田舎でした。幼い頃、母に連れられて祖父母の家へ遊びに行くと、そこには玄関に鍵をかけるという文化そのものがなく、近所の人が『おーい』とそのまま入ってくる光景に、子供ながらにひどく驚いた記憶があります。」
もちろん世界には遊牧民の方なんかもいらっしゃいますからプライベートなんて。と思われるかもしれませんが、心の鍵というのもありますから、誰しも守りたいものはあるわけです。
最後の自分以外への心配。親や子、ペットや部下など自分の手の届かない範囲の心配は果てないものがあります。子供が事故にあったらどうしよう。ペットが脱走したらどうしよう。部下が大失敗をしたらどうしよう。自分の範囲を超えた心配は度を越えるとおせっかいになるときもあります。
有り難いことに私のところへこういった心配になった電話がよくきます。
「自分が逝ったあと、遺された家族はどうなるだろう」「仏壇を整理したいんですけど・・・」「一人暮らしの自分がいなくなったら実家の片付けや、遺された愛品たちをどう整理すればいいのだろうか」
こういった心配事は解決します。現実的に解決できる問題ですから。
しかし
「明日、愛する我が子が事故にあったらどうしよう。」「仏壇や墓を子供に任せてよいのか。」「認知症になったらどうしよう。」
こういったのはいくら心配しても解決しません。お釈迦様は言われました。「現実的にわからない未来に憂うよりも今を生きなさい。」
解決できるかどうかは、今は分からなくてもいいんです。まずはその胸の内のモヤモヤを、解決できそうな『顔の見える誰か』にそっと打ち明けてみること。それが、余分な心配事を手放し、今というかけがえのない時間を笑顔で生きるための、一番の智慧(ちえ)ではないでしょうか。